10月 28, 2014

ちょい足しの構図

Posted in scrible tagged , , @ 12:02 by R_tungsten

International library of chirdren's literature

 世の中「ちょい足し」がブームである。ちょっとだけ何かを足せば、リーズナブルにラグジュアリーな感じになるアレである。
 いつものみそ汁に刻んだばかりのネギを散らせばあら不思議!ちょっとだけ贅沢な気分を味わえるんである。これはもう、ちょい足しによって別次元の料理が誕生しているといっても過言ではない。ネギが好きなだけ、と言う話もあるが。
 個人的にはインスタントうどんにコロッケ、とか、インスタント焼きそばに納豆、とかかなりイケてると思う。ヤバい。食生活がヤバい。健康が崖っぷちである。崖っ!ぷち!である。

 それはさておき、写真の構図にもちょい足しの技術、と言うのがある。今回はそんなお話。

 例えば、写したいものだけを、写真の枠の中に綺麗に収めよう、とすると大抵ツマラナイ写真になるのである。画角を変えてみたり、前後に動いてみたり、色々工夫してみても、どことなく不自然な感じになるハズである。別に図鑑の写真を撮ろうというわけではないのなら、そう言った「主たる被写体だけをきちんと撮る」と言う考えは捨てるべきである。
 曇りの日の空、と言うのは表情がない、なんとなく白いだけ、と言う事になる。建物を撮る際に曇りの日の空がどうしても多めに入ってしまう場合、思い切って引いて近くの木の葉を入れてみる、と言うのは一つの手段である。なんとなく装飾フレームっぽい効果も出るしオトクである。但し、木の葉の裏側に多少の情報が残る程度の露出にしないと、それはそれで勿体無いような気にもなるので注意が必要だ。

旧水海道小学校本館

 街角スナップでは、「敢えて人が来るのを待ってみる」のが、ちょい足しの技術である。特に夜には、人が良い感じにブレて誰だか分からなくなるし、動と静のバランスも取れるし、なんとなくスピリチュアルな感じも醸し出されてくるので都合が良い。
 但し、カメラを構えている人間の前を通り過ぎずに待ってくれる人、と言うのも居るので、構えたまま待つのはあまり得策ではない。構図と露出を決めたら、悩んでいるフリをしてカメラを下ろそう。通り過ぎてくれたらさりげなく改めてカメラを構えれば良い。

spiritual signature

 前景があるなら、どんどん入れていこう。せっかく邪魔なものがあるなら撮ってしまえば良い。画面に強弱が出るし、そこはかとなく覗き見してるような効果が出てきて、背徳的な感じが与えられるかも知れない。
 尚、本当に覗き見している場合は逆に前景を入れてはならないことも付け加えておく。

目黒区総合庁舎

 と、斯様にちょい足しの構図のパターンは多岐に渡るわけだが、ここで大切なのは「ちょっとだけなにか足したら面白くなるかもな」と、常に思い描いておく事である。付け加えるなら、画面全体を使って写真を撮るには何を足せば良いのかな、と考えることも必要である。切り取った上で何か足していく、そういう撮り方も楽しいと思うのである。

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