6月 10, 2014

彫刻と写真の話

Posted in scrible tagged , , @ 13:48 by R_tungsten

Why done it?

 今年の始めにふわっと箱根の彫刻の森に行ったのだが、山の天気の変わりやすさに泣いたのであった。……というか1枚ぐらいしか撮れなかった。というわけで、リベンジへ行って来たのである。

 と言うのはただの名目で。レンタカーで86借りられたので、どうせなら峠でしょ?という発想で箱根に行ったついでに寄っただけなのだが……。

右手のやり場

 元々芸術作品として完成しているなにかしらを、写真に撮る、と言うのはある種卑怯な手段である。そりゃ、それなりに芸術的に見えてあたりまえである。まぁ、撮ってもいいよ、と言う場所が日本では少ないので、楽しい機会だから撮っておく。
 それにしても不思議である。彫刻と言うのはそもそも動いていない岩石であるとか、金属であるとかを加工して、あたかも生きていたり、動いていたりするように変化させる。一方、写真と言うのは本来生きたり動いたりしているものを、金属に写し取って、あたかも静止しているかのように見せかけるわけである。方法論は正反対だが、結果として生み出されるものは、両者共通で、やはり「本来動くはずの物体が、動かず固定されている」と言う事象となる。へんてこである。

強そう(小並感

 時折、彫刻とは物体に命を吹き込む作業だと言われるが、では写真とはなんであろうか。命を物体にして息絶えさせる事だろうか。しかし呼吸をしていないからこそ、死ぬ事もなく、半永久的にその「かつてあった」と言う事実を残留させることが出来るのだろうか。
 いずれにしても、写真を撮るという行為が、死のイメージに直結している事は変わらない。ミイラを作り、或いは誰かの造ったミイラを鑑賞し持て囃しているのである。やんややんや。

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