3月 2, 2012

被写体に引っ張られる話

Posted in scrible tagged , @ 12:18 by R_tungsten

nearest park in my home

 気が早いがそろそろ桜の咲く季節である。
 桜、と言えばお花見、宴会、そして写真撮影である。
 だがしかし、桜を撮るのは難しい。どう撮っても誰かが撮ったみたいな写真になってしまう。

 被写体が良すぎるのである。

 同様にして、紅葉も撮るのが難しい。あと、とびきり美人とかも難しい。余程捻くれた撮り方をしないと、あぁ、たしかに自分が撮ったよね、これ、とならない。
 被写体が良すぎるので、写真と言うよりも写っているものそのものの印象が強くなってしまう現象を「被写体に引っ張られる」と言う。勝手に言ってるだけだが。
 貴重な被写体であればあるほど、写真は被写体に引っ張られる。例えば蝶の羽化だとか、普段降らない地方の降雪だとか、建て壊し間近の廃墟だとか、初日の出だとか、友人の結婚式だとか。写っているものに価値があるので、写真そのものの価値が印象に残り難いことがある。

nimrod

 あまりにも日常的な被写体もそれはそれで難しい。一般的な角度の視点でばかり撮ってしまう。例えば飲み会の様子とか。誰が撮っても誰が写っていても、なんとなく同じ写真である。

 「おぉ……これは絶対に被写体に引っ張られる」と感じたとき、一番手っ取り早い対処法は「アングルを変える」である。超ローアングルで撮ればそれはそれで目新しいものになる。しかし桜や紅葉では例えそのような対処を取ったとしても、既に誰かがやっているので、やはり誰かが撮ったみたいな写真になってしまう。
 敢えて汚く見えるように撮る、と言うのも対処法の一つである。敢えてローキーで桜、とか敢えてクロスプロセスで紅葉、とか。だが、それが撮りたいモノか?と問われると微妙なところだろう。

 最も単純な対処法をお教えしよう。被写体に引っ張られそうなときは、「撮らない」ことである。美し過ぎる景色、貴重すぎる瞬間に出会ってしまったのなら、カメラをカバンにしまって脳内にだけ露光しよう。たぶん、出来上がった写真よりも記憶の方が鮮明で美しいものに出来上がる。
 そんなこんなで、僕は桜も紅葉も雪も月も美人も基本的には撮らない。撮る理由があるとしたらそれは作品作りではなく、記念撮影である。

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