1月 29, 2012

カメラを持って移動するときの話

Posted in scrible tagged , , @ 10:24 by R_tungsten

Shibuya MidNight XPT

 とても個人的な好みの話になるのだが、カメラをストラップで首から掛けるのが苦手である。するのも見るのもなんとなくイヤである。
 ストラップの長さにもよるのだが、手を添えずにそのまま歩くと、ぽこんぽこんとお腹や胸で弾んで痛い。カメラに常に衝撃が加わり続ける、というのもなんだか怖い。人がしているのを見ても「それ痛くないん?」と変な心配をして落ち着かなくなったりする。加えてレンズが常に視線と同じ方向に向いているので絶妙に攻撃的であるように感じる。
 いやいや、首から提げてた方がチャンスを逃さないじゃん?と思ってたことも正直に言うとあったのだが、ぽこんぽこんが痛いのと、首の後ろが疲れるので、集中できないことの方が多くてやめた。大体、撮る時にはストラップは手に巻くか、だらんとぶらぶらさせていて使わない。どうしても身体からぶら下げたい時(※手が疲れてちょっと休憩したいよぉ、など)には、右肩に掛けて、カメラは腰の後ろ辺りで背負う。人ごみを通る時にはレンズを身体側に向けて背負う。レンズが外側だと相手も危ないし、なによりこっちが危ない。

Shibuya X-crossing

 というか人ごみを通る時にはカバンにしまう。電車に乗る時、コンビニに入る時、カバンの中に余裕がある限りは必ずしまう。撮り歩く時にしても、撮る気になるまではしまっているし、撮る気がなくなったらやはりしまう。いずれのシチュエーションにしても、撮る気がないときはしまっておく。
 カメラが外に見えている、というのは周囲に撮られるというプレッシャーを大なり小なり与える。撮られるのは基本的に不愉快なことだろうし、撮っているのを見ることすら不愉快である可能性がある。というわけで小心者の僕は撮ろうと思わない限りはしまっておくんである。もっとも、電車の中、コンビニの中を撮り捲くりたい、というときには出すだろうけど、そんなことはあんまりない。
 しかしまあカメラがファッションであるのなら、撮る気がなくても常に首からぶら下げて置けばよい。それが一番他人に良く見えるポジションである。しかし見えてないほうがカッコいい、と僕は思う。まだ修行が足りないことは認める(笑)。

 そういえば、個人的な話だけれど、カバンからカメラを取り出す、という行為が写欲のスイッチの一つになっているっぽいので、出したままだとなんだか疲弊する。時々カメラをカバンにしまって、「今は撮らなくていいよ」と休憩しないとペースが保てぬ。その代わり、カメラを外に出している時は馬鹿みたいにシャッターを切る。たぶん、それぐらいで丁度いいのでは、などと思う。

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