11月 4, 2011

写真を加工する話

Posted in scrible tagged , @ 14:15 by R_tungsten

夏のコスモス

 【前回の記事】で「デジクロ」の話を少ししたので、写真を加工する話をしてみる。
 時折「加工された写真は好きじゃない」とおっしゃられる方がいる。不思議なことである。とりあえずそう主張する人種のことを「未加工至上主義者」と定義しておく。色々話を展開する前に断っておくが、彼らは言葉の定義を間違えている。たぶん「現実離れした写真が好きではない」だけなのである。この記事は「そういう意味以外」で「加工された写真は好きじゃない」という主張は成立するのか、を問うものである。
 さて、話を進める前に、この場合加工という言葉には状況に応じて二種類の意味があることを確認しておく。

 1.撮影後にレタッチで修正すること
 2.被写体に撮影以前に手を加えること

 このうち2、についてはまた機会があったら書いてみるとして、大多数が占めるであろう1について今回は書いてみる。

 ところで加工された写真の対極にあるだろう「加工されていない写真」とはなんだろうか?
 未加工至上主義者曰く、
 ・撮ったまま、取り込んだままの写真であり、撮影後に人為的な修正のされていない写真である。
 さて、これは加工されていない写真だろうか?

 デジカメで撮影された写真について「Jpeg撮って出しです(キリッ」という表現を時折見かけることがある。どうもJpegは「加工されていない」らしい。ここでデジカメの原理に立ち返る必要がある。言わずもがなかも知れないが、デジカメは光を0と1で記録する。要するに光が「ある」か「ない」かのみを記録するのである。カメラの中に敷き詰められた、赤・緑・青(場合によっては中間色が加わる場合もあるかもしれない)の三原色をそれぞれ感知するセンサーが0であったか1であったか、ただそれだけを記録している。これだけではただの「白黒写真」であるので、赤に反応するセンサーが1と感じた部分に赤を、といった具合に、「あとで適切な色を塗る」。もちろんそれだけでは色調がガタガタなので、適当な法則に従って、「そうであったであろう色」を補完する。これでようやく人の目が見た光景に近い画像が得られる。
 全体の流れを纏めると、デジカメは「光のあるなしを記録」⇒「色を塗る」⇒「色を補完する」というプロセスを踏む。ちなみに最初に記録された適当な色で塗る前のデータを「RAWファイル」と呼ぶ。デジカメは内部でソフトウェア的に適切に処理してこのRAWファイルを画像に加工している訳だが、その過程を「現像」と呼ぶ。現像された後JpegやTiffファイルにデータを圧縮し、保存する。
 さてJpegは加工されていないだろうか?勿論答えは否である。カメラ内部の現像処理をレビューする場合以外において「Jpeg撮って出しです(キリッ」と主張する意味はない。
 以上のことから、デジカメで撮影した場合「加工していない写真」は原理的に存在しない。

意心帰
(※ちなみに今回、フィルムで撮った写真をデジタルで加工した写真を載せています)

 さて、次にフィルムで撮った場合はどうだろう?これまた時々「フィルムは加工出来ない存在感が良い」と評されたりするが、本当だろうか?
 フィルムは加工出来ない、だからフィルムで撮るんだ!……と言う場合も少し言葉の定義を厳密にしなければいけない。「現実に存在しなかったものを描いたりはし難い」とか「ポジフィルムをライトボックスで覗くのは至高のひととき!」とかならばとても良く分かる。まさにその通りで、加工出来ないと言うよりむしろ「物理的にハードウェアとしてそこに存在する」と言うのはフィルムの素晴らしい特性である。
 ところが、「プリントは加工出来ないかr(ry」となるとこれは全く意味が分からないことになる。
 さて例によって原理に遡ってみるとしよう。
 普通のミニラボへプリントを依頼する場合、預けたフィルムは以下のような過程を辿っているはずである。
 現像機へ入れられ現像&乾燥⇒フィルムスキャナでデジタルデータに変換(取り込みの際、色合いなどを自動修正)⇒場合によってはさらに人の手で微修正⇒レーザーで印画紙に焼付け
 以上のような過程をデジタルプリント、と呼ぶ。
 さて、プリントは加工されていない写真だろうか?勿論答えは否である。というかアナログですらない。立派なデジタル写真だ。せっかくフィルムで撮ったのだからプリントしよう!アナログを味わおう!というなら引き伸ばし機を使った手焼きでないと本当は意味が通らない。勿論プリントはデジタルプリントであれ、した方が楽しい。だって友達に渡せるし、壁に貼れるじゃないか。

 手焼きは加工されていない写真だろうか?という問いは愚問だろう。流石に手焼きしよう、という人間がプリントは加工されていませんとは主張しないはずだからである。勿論モノクロであれ、カラーであれ加工されている。加工しなければ写真にはならない。

 さて、「加工されていない写真」とはなんだろうか?そんなものは存在しない。現実で見たままの写真が好き、であるならば、加工に加工を重ねないと現実で見たままの写真にはならない。現代では自分で加工しなくても比較的見たままの写真が撮れるので、こういった不思議な主張が発生するのかも知れぬ。
 話は若干飛躍するが、本当は「見たままの写真」というのも原理的には存在しないのだが、そこまで掘り下げると生物の時間になる気がするのでこの辺で諦めておきたい。

 ところで、個人的に「現実離れした写真」は好きなのか?と言われると、結構好きだったりする。カメラは眼球でも脳でもないんだから、その辺は自由な方が面白いと思う。「なにそれ、写真なのにそんなのアリなの?」という驚きには価値があると思うし、なにより作者の意図が分かり易くて良い。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。